Dai's Great Adventure

30歳、海外でコンサルトして働いています

34歳の従姉妹が死んだ。(1月24日)

金曜日の朝、珍しく朝6時に母親が声をかけてきた。僕もなぜか起きていたので、おはよーなんて言ってたら、母親の声が硬い。「理恵ちゃんが亡くなった」と。言葉の意味がよくわからなかった。

 

従姉妹の理恵ちゃんはガンだった。2年前にスキルス性胃がんがわかってから闘病生活を続けていた従姉妹が亡くなったのだ。

理恵ちゃんは父方の従姉妹で、父親の家族はあまり積極的に交流がなく小さい頃から仲良かったわけではない。7年前くらいに父方の祖父の葬式で初めて会った。それまでも母から従姉妹に可愛い女の子がいると聞かされていたので期待していたが普通だった。とても明るく元気な子で、周りを愉快にさせる才能を持っていたと。

 

祖父の葬式で会って数年後にがんを知り、この前亡くなった。

亡くなった日はもう全く何もやる気がせず、会社も午後から早退した。土曜日は通夜に行った。叔母は疲れ果てていて、理恵ちゃんが亡くなった時の様子を話してくれた。痛い痛いって言いながら、自宅のベッドで叔母に体を擦ってもらいながら亡くなったようだ。

叔父は通夜の進行を必死に務めていた。がんがわかってから、いつも理恵ちゃんをどことなく車で送っていたという話をしていた。通夜の時に、彼女の顔をや体を見た。元気だった頃の面影はあるが、そこにいたのはもう理恵ちゃんの体だけだった。何もものを言わず笑顔でもなかった。彼女のお棺に叔母が大好きだった服や靴やバッグを入れていた。女の子らしく白やピンクの色がすきだったんだ。そんなことも僕は知らなかった。葬儀屋がまだ入れられるから他にもあれば入れてくださいと言った時に、叔母は大きなウチワやらなんやらを入れていた。嵐のグッズだった。

あとで聞いたら、亡くなる3ヶ月前に嵐のコンサートに行ったのだった。家族や同僚みんな彼女のために嵐のファンクラブに入り、コンサートのチケットを取るために申し込んだところ、彼女のだけあたったそうだ。神様のくれたプレゼントと言っていたんだって。嵐の大野君が大好きで、嵐のコンサートや音楽を聞いているときは幸せだったそうだ。亡くなる2ヶ月前には母親と友達と北海道に旅行にも出かけたそうだ。ほんとに普通の34歳の女の子だったのにがんで亡くなるなんてひどいよ。

 

若くて未来があって、やりたいことだって、好きな人だっていただろうになんで彼女が亡くならなきゃいけないんだろう。一週間たってもまだ全然わからないし、納得が行かない。お坊さんも言っていたけど、僕たちはいつか絶対にいなくなる。けどあまりに早すぎるよ。僕は彼女に何かできなかったのかなあ。僕に出来る事って何なんだろう。考えても答えは出ない。

 

(2017年追記:あれからもう3年がたったのかあ。自分も転職やらなにやらでしんどかったけど今僕は32歳だ。あと2年で従兄弟が亡くなった年齢に追いつく。伯父さんも確かそれくらいの年齢で亡くなっている。本当に自分も親もいつ死ぬかなんてわからないんだよなあ。少なくとも、悔いのないように生きよう。ヨーロッパで働いて犬と猫を飼って暮らしたい)